「 2020年 」一覧

週間国際経済2020(36) No.247 11/22~11/28

今週のポイント解説(36) 11/22~11/28

ドル安とデジタル人民元とアリババとフェイスブック

1.ドル安

ドル売りの動きが広がり、じわじわとドル安が進行している。「ドル指数」(総合的な通貨の強さ)は、11月23日に2018年5月以来の安値に近づいた。3月の高値からも約1割下がっている(11月24日付夕刊および11月28日付日本経済新聞)。

外国為替市場にドル売りの材料が並び、ドル買いの材料は見当たらない。まずは、金利だ。3月にFRBがゼロ金利を復活させ、長期金利は年初の2%近くから1%割れに下がり、主要国との金利差が大幅に縮まった。ドルを保有する魅力が減る。

次に、「双子の赤字」だ。アメリカの年間3兆ドルと前年会計年度の3倍に膨らみ、対GDP比18%超えが予測されている(ユーロ圏約10%、日本約14%)。貿易赤字も8月単月で670億ドルと過去最大に迫った。どちらもドル売りの材料だ。

ワクチン開発やアメリカ財政出動への期待から、投資家たちはドルを売ってリスクを取る。次期米財務長官にイエレン前FRB議長が就任するという人事も、投資家の安心感からリスク選好を強める。

これだけ材料がそろうと手持ちのドルを売って、株やユーロや新興国通貨を買う動きが進む。このドル安で円も高くなるのだが、日本企業の海外投資が控えられ(前年同期比3割減)、円を売ってドルを買う取引が細る。

ぼくは、これまでドルが過大評価されていたと見る派だ。つまりドルはアメリカ経済の実力より高かった。そして今もなお、ドルは過大評価されていると思う。アメリカ経済の実力がさらに弱くなっているからだ。そのトレンドは当面変わらないと見ている(だからといってこれは為替予測ではない。短期の為替レートは予測できないし、予想するものでもない)。

ここで大切なのは、基軸通貨ドルの信認が低下し続けるという見通しなのだ。

2.デジタル人民元

中国人民銀行は10月23日、法定通貨の人民元にデジタル通貨も加える法制度を固めた(10月24日付同上)。2022年北京冬期オリンピックまでの発行を目指す。すでに深圳で少額のデジタル人民元利用実験を行い、これを北京、天津市、上海市、広州市、重慶市と広げ、28都市での実証実験を計画している。

何をこんなに急いでいるのだろう。建前は、こうだ。デジタル通貨は誰が保有して誰と取引しているかを管理することを容易にする。中国政府が恐れているのは大規模な資金流出だ。人民元をドルなどに替えたい動機はいくらでもある。中国政府はそれを見張りたい。

第二に、中央銀行発行のデジタル通貨はECB(欧州中央銀行)、日銀そしてFRBも前向きだ。これらに先んじてデジタル人民元が新興国などで広範に決済手段として使われれば、この分野の国際標準を確立するかもしれない。すると、信認を低下させつつあるドルの覇権を揺さぶることもできるだろう。さらに、アメリカによるドル決済からの締め出し制裁という圧力を弱めることにもなるだろう。

さて10月23日のデジタル人民元に関する法整備だが、そこで注目されたのが「民間のデジタル通貨の発行禁止」だった。たしかにこれは、中央銀行発行デジタル通貨(CBDC)にとっていくつかある懸念材料のひとつだ。CBDCと民間のデジタル通貨が同時に大量に流通するなかでは、中央銀行による金融政策の効果が損なわれると思われるからだ。

でもぼくは、深読みをした。それは建前で、じつはフェイスブックが計画しているデジタル通貨「リブラ」などを中国から閉め出す魂胆に違いない、と。しかし、そのぼくの深読みは、浅はかだった。

3.アリババ

いや驚いた。中国アリババ集団傘下の金融会社、アント・グループが上海と香港で計画していた大型上場(11月5日)を突然延期したのだ。これは史上最大4兆円規模の資金調達になると注目されていた。しかもアリババ創業者のジャック・マー氏が、その直前2日に中国金融当局から聴取を受けていたという。

11月5日付日本経済新聞は、金融の「巨象」警戒とある。たしかにアント・グループのスマホ決済「アリペイ」の利用者は10億人を超え、スマホ融資は2兆元(約31兆円)規模だともいわれる。たしかにジャック・マー氏は中国政府の金融規制を巡って対立してきた。それにしても、アリババは間違いなく中国経済躍進の主役の一人だった。

それゆえに、だった。しかも、アリババ金融のさらなる巨大化はデジタル人民元にとって目障りだったのだ。驚きは続く。アント上場中止は、習近平さんが直接決定したと報じられたのだ。つまり、最高レベルの政治判断だったということだ。

トランプさんによる米中対立の激化は、習近平さんの強権的姿勢を硬化させた。米中共存ではなく米中対立が続く以上、中国は国内締め付けを強めるだろう。それは個人の自由だけではない、企業の自由も。

実際、今年になって中国政府や国有企業が実質的に傘下に収めた中国上場企業は50社を超える(11月14日付同上)。習近平指導部は、アメリカとの持久戦をにらみ、中国国内での経済活動円滑化に重点を置く「双循環」政策を打ち出していた。

基軸通貨ドルの信認が揺らぐ中、デジタル人民元の普及を急ぐ中国政府は、弱るアメリカ経済を横目に相対的に台頭してきた自国の「巨象」を、新たな標的にしたということなのだろう。

はたしてそれは「最適解」なのだろうか。中国経済の台頭はWTO加盟と香港返還から加速した。「自由な香港」は中国の貿易と金融に多大な貢献をしてきた。落後した国有企業に代わって、先進的かつ世界的なIT企業群が経済成長をけん引してきた。これらの役割を政府中央が取って代われると思い、そうしようとするのならば、それは危険な冒険だろう。

4.フェイスブック

昨年の夏休み、ぼくは授業がないことをいいことに、まったく私的趣味の領域でなんと5回連続のシリーズものを書いていた。それがフェイスブックのデジタル通貨「リブラ」についてだった(⇒ポイント解説№191、以降№195まで)。この「リブラ」構想はただちに主要中央銀行をはじめ国際金融マフィアたちに袋だたきにあった。ぼくにとってはこの「怪しさ」が、たまらなく魅力的だったのだ。

そこで紹介したのだが、リブラ担当幹部がアメリカ上院公聴会に呼び出されフルぼっこにされた末、こんな不気味な警告をしていた。「我々が行動に失敗した場合、価値観が異なる人々によってデジタル通貨が支配されることになるだろう」と。それから1年半、その予言は的中しようとしている。

基軸通貨ドルの信認が揺らぎ、デジタル人民元が歩調を速め、アリババが締め上げられる中、「リブラ」はまた、ゾンビのように蘇ろうとしている。

11月29日付日本経済新聞によると、フェイスブックのリブラが2021年にも発行される可能性が出てきたという。当初リブラ構想は、複数通貨をバスケットにして裏付ける仕組みだった。こんなものがフェイスブック10数億人の決済手段になるなんて、とんでもなく挑発的だという話だった。でも今回は、裏付け通貨はドル一本の、中銀デジタル通貨と共存する、決済プラットフォームの役割を担おうと、いわば下手に出た。

通貨の名前もリブラから「ディエム」に改名するという(12月2日付同上夕刊)。さすがにフェイスブックの「怪しさ」は健在だ。仮想通貨という怪しさとの相性も抜群だ。

今度はジャック・マーさんが習近平さんに言ってやれ。「我々が行動に失敗した場合、価値観が異なる人々によってデジタル通貨が支配されることになるだろう」と。

世界政府が存在しない限り、国際通貨は法定通貨たり得ない。ぼくたちは、国際通貨は歴史的慣習だと習った。みんなが通貨と認めれば通貨なのだ。何が国際通貨の資格なのかといえば、「信認」と「利便性」だとも習った。

そう習ったぼくたちは知っている。ドルにはニクソン・ショック以降、決済手段(金との兌換あるいはアメリカ国際収支黒字)のない通貨としてその「信認」は地に落ちて久しい。でも、「利便性」によってドルは基軸通貨の地位に居座っている。

ぼくたちは習い直さなければならないのか。国際通貨の資格はひたすら「利便性」だと。デジタル時代のデジタル通貨は、たしかに利便性に優れているだろう。国際金融は「信認貧しき利便性」によって再編されるのだろうか。そうなれば、あらゆる資産のバーチャル化リスクに際限がなくなる。

ぼくにとってこの「怪しさ」は、ちっとも魅力的ではない。

日誌資料

  1. 11/22

    ・経済の脱炭素、25年停滞 日本、技術革新が急務 英は排出3分の1 <1>
    ・FRB、資金供給策縮小へ 政権、未使用分返還を要請 バイデン陣営は反発
  2. 11/23

    ・G20首脳宣言 世界経済、下方リスク大 雇用・所得、支援が課題 <2>
    コロナ対策財政出動、世界で12兆ドル 米3兆ドル、日本1.7兆ドル、ドイツ1.5兆ドル
    貿易「多角的貿易体制を支持することは、今やかつてなく重要」
    ・全教員にデジタル指導力 政府目標 海外に大きく遅れ
  3. 11/24

    ・米、政権移行業務を容認 トランプ氏 敗北は認めず
    財務長官にイエレン氏 国務長官ブリンケン氏 米紙報道
    ・英アストラゼネカ コロナワクチン70%の効果確認
    ・米、来月11日にも接種開始 コロナワクチン ファイザーが開発
    ・米ドル売り進む リスク選好強く ワクチンや財政出動期待
    ・中国データ圏、米の倍 勢力図の攻防、逆転 「スプリンターネット」現実に
  4. 11/25

    ・英EU、物流滞る懸念 FTA合意でも年明け通関復活 英政府や企業、対応後手<3>
    交渉、週内にも最終判断 決裂なら最低限取り決め 英報道
    英欧FTA結べなければ「今後5年で7.7兆円失う」 英車業界試算
    ・バイデン氏「同盟国と連携すれば米国は最強になる」 国際協調回帰に意欲
    ・NY株 初の3万ドル 米政権移行を好感 コロナワクチン期待 <4>
    危機下の株高 IT主導 緩和マネー、一極集中 日経平均一時500円高
  5. 11/26

    ・FRB、量的緩和拡充検討 来月にも指針見直し 金利上昇圧力を懸念 <5>
    ・コロナ下、全米大移動 感謝祭休暇始まり感染懸念 空港利用1日100万人
    ・GPIF、日本株売り越し 「25%目安」順守で転機 株高で保有額増
  6. 11/27

    ・EU,米の「同盟重視」見極め 外交安保・IT・エネルギー 「戦略的自立」模索
    ・習主席の早期訪韓協議 中国外相 日米韓連携けん制
    ・米ディズニー解雇3.2万人に 来年3月までに コロナ長期化で拡大、再開未定
  7. 11/28

    ・ドル安、米の弱さ映す 「双子の赤字」膨張
    財政赤字拡大 ゼロ金利復活 貿易赤字拡大
    ・円高、日本経済回復に重荷 日米金利差縮小 海外投資も停滞 <6>
    ・中国、知財保護アピール 海外批判に対処 国内技術を育成 賠償、被害額の5倍に
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