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週間国際経済2019(12) No.180 04/16~04/22

今週のポイント解説(12) 04/16~04/22

安倍さんとトランプさんのウィンウィンな交渉

1.胸がモヤモヤする日米首脳会談

4月26日、ワシントンで日米首脳会談が開かれた。安倍さんとトランプさんの首脳会談はこれで10回目だ。ゴルフもしたが、これで4回目だ。仲の良いことはなによりだが、なぜこの時期に。この日はメライア大統領夫人の誕生日で、首相夫妻もパーティに参加してお祝いをしたが、まさかそのためでもあるまい。

安倍さんは訪米直前の閣議(4月19日)で、トランプさんを令和最初の、つまり新天皇が最初に会見する国賓として日本に招待することを決めている(5月25~28日)。トランプさんは大喜びで、ちょうど千秋楽を迎える大相撲を観戦して、土俵に上がってトロフィーを授与するのだという。

なんと細やかな気配りと「おもてなし」だろう。そうとう入念に準備したに違いない。あとでふれるがお土産もどっさりだ。総理大臣がここまでする以上、それなりの「国益」があるはずだ。接待は、交渉を有利にするための経費でもあるし。

今、日米間の懸案と言えば、ひとつは北朝鮮問題。でも拉致と核・ミサイルはこれまで9回確認したことの再確認だ。もうひとつは通商問題。でもこれは茂木さん(経済財政相)とライトハザーさん(米通商代表部代表)との閣僚級協議が始まったばかりだ。

首脳会談を終えて安倍さんは、「ともにウィンウィンとなる交渉を進めて行きましょうと。トランプ大統領も大きくうなずいた」と胸を張った。

懸案の貿易交渉の早期妥結に協力すると、安倍さんがトランプさんに伝えたというのだ。4月28日付の日本経済新聞の見出しでは、「合意時期、駆け引き続く」とある。なるほど、貿易交渉の内容ではなく、合意時期が大切だったんだ。

だとすれば、「ウィンウィン」って何なんだろう。同記事によると、安倍さんはその時期を7月に予定されている参議院選挙の後にしたい。アメリカ側は、なるべく早く合意したい。そこで安倍さんは、「大統領選挙までに形にする」と応じたと記事は伝える。

胸がモヤモヤする。貿易交渉は、それぞれの国民経済の相互依存・相互利益の増進を目的にするのだから、本来あらためてウィンウィンなどと言うまでもないことだ(だからTPPでもEUとのEPA交渉でも、わざわざそんなことは言わない)。安倍さんとトランプさんのウィンウィンな交渉とは、互いの選挙を有利にするための合意時期について、だったんだ。

2.トランプさんはスモール・ディールの成果が早く欲しい

トランプさんは焦っている。ロシア疑惑の捜査報告書ではグレーな判断が示されたが、支持率は明らかに落ち込んでいる。1~3月の経済成長率は市場予測を大きく上回ったが、大型減税の効果はこれからはがれてくる。そのなかで次期大統領選挙の共和党候補指名争いが始まる(来年2月)。

トランプさんの公約で最も支持されたのが貿易赤字の解消だったが、それはむしろ増えている。中国との貿易戦争もまったく膠着状態だ。トランプさんは、中国が大豆やエネルギーの輸入を増やすなどスモール・ディール(小さな取引)でも成果が欲しい。支持者にとってもわかりやすいからだ。

しかしアメリカのエスタブリッシュメント(既得権益層)は、ハイテク覇権を巡るビッグ・ディールに妥協する様子がない(この問題については⇒ポイント解説№173参照)。EUとは本格的な交渉にも入れず、小刻みに制裁関税を発動しては報復関税で跳ね返されている。

4月中旬にはアメリカ側から「今回の首脳会談で、なんでもいいから合意できないか」との意向が日本政府に伝わったという(4月28日付同上)。本音だろう。これを何とかかわしても、トランプさんは5月訪日時の妥結に意欲を示したそうだ。これに対して安倍さんは、「大統領選までに」と応じたのだ。これで参議院選挙の後に先送りされることになった。

米誌タイムによると、トランプさんはライトハザーさんらの助言を無視して、安倍さんに配慮したという。一方、日本経済新聞電子版によると安倍さんが「来年秋の大統領選の前に成果を得たいトランプ政権に配慮」とある。

なるほど、「ウィンウィン」でしょうね。でも互いの現政権の選挙に配慮したということなのだから、これは交渉というより「干渉」ではありませんか。

3.安倍さんは何をウィンしたのだろう

そもそも安倍さんは、アメリカと2国間の貿易交渉はしないと断言していた。あくまでもアメリカにはTPP(環太平洋経済連携協定)への復帰を説得するのだと。これはアメリカ抜きのTPP11に合意した10ヵ国に対する約束でもあった。

そして、アメリカに追い詰められて貿易交渉開始が避けられなくなると、これは「FTA(自由貿易協定)とはまったく異なる」、「TAG(物品貿易協定)」だと訳のわからないことを言い出した(昨年9月)。サービス・投資などを含むFTAではなく、モノの貿易に限定した交渉だという説明だ。

ぼくは、驚いた。まず、TAGなんて聞いたことがない。そう、これは安倍さんたちの「造語」だった(これについては⇒ポイント解説№158、TAGって何?参照)。そしてアメリカの認識はFTAだ。英文しか正文のない共同声明文でも、どこにも物品に限定するとは書いていない。はっきりとサービスを含むその他諸懸案の分野はもちろんのこと、と書いてある(Trade Agreement on goods,as well as on other key areas including services)。

その後もアメリカは、大統領の一般経済教書でも日本との通商交渉はFTAだと明示していて、日本の説明とはっきりと対立している。共同声明文の正文があるのだから、この問題があきらかになると、また安倍政権が嘘をついていると野党は攻撃するだろうし、それが選挙前ならばダメージは小さくない。

もちろん実際の交渉でも、日本はさまざまな譲歩を迫られるだろう。中国や北朝鮮、韓国との外交問題を抱える日本は、アメリカに強くは出られない。

だから、参議院選挙の後に先送りした。それが、安倍さんのウィンなのか。

そのために安倍さんは、トランプさんのご機嫌を取らねばならなかった。令和最初の国賓招待だけではない。首脳会談で安倍さんはA4サイズの1枚紙におさめたイラスト図を示してトランプさんに説明したという(同上日経、ちなみにトランプさんが長い文章は苦手だということは有名だ)

それはトヨタ自動車や日野自動車、東プレなど最新の日本企業のアメリカ国内の投資計画の一覧だった。ミシガン、ウェストバージニア、テネシー、インディアナ。つまり共和党地盤と民主党との激戦州で、これをカラーで示したという。ぼくはこれは選挙干渉だと思うのだが。

さらに4月に墜落して、未だにパイロットの行方がわからないF35最新鋭ステルス戦闘機を約100機取得する方針も伝えた。ぼくはまず日本の首相は、事故の真相解明をアメリカ側に要求することから始めるべきだと思う。

首脳会談の翌日(27日)、トランプさんは「安倍首相は米国に自動車の生産拠点として400億ドル(4.4兆円)の投資をすると言ってきた」と、首脳会談のやりとりを明かした(4月29日付同上)。

4.ウィンウィンなわけがない

合意時期を先延ばしするだけでも、これだけのことをアメリカに与えている。しかもトランプさんは参議院選を配慮したのだから、安倍さんは借りができた。

そしてその先延ばしにされた交渉の内容だが、安倍さんの選挙にとってダメージで、トランプさんの選挙にとって有利なのだから、ウィンウィンなわけがない。

トランプさんは、アメリカが協定に調印したTPPを一方的に離脱した。そのためにアメリカの農産物などはカナダやオーストラリアより高い関税を課されている。またそのあとには日本はEUともEPA(経済連携協定)を締結した。

今になってトランプさんは「他国に劣後するのは嫌だ」と言っている。じゃあ他国並みにしましょうかと落としどころを示しても、それではTPP離脱後の不利益があっただけのことになる。それでトランプさんの選挙に有利になるのだろうか。

それだけではない。長くなるので今回は詳しくふれることができないが、次のふたつは見逃せない。そのひとつは、自動車だ。トランプ政権はEUにも中国にも自動車輸入に対して一方的に高い関税を課した。これはWTOが例外としている「安全保障」を理由としている。それならば、最も大きな対米黒字を出している日本の自動車輸出だけを例外にしては筋が通らない。

ふたつめは、とくにアメリカ財務相が強く要求している「為替条項」だ。これは政策的な競争的通貨安誘導(日本の場合、円安誘導)をさせないというものだ。アメリカはこれをカナダ、メキシコとのNAFTA(北米自由貿易協定)見直しでも、韓国との通商交渉でも強引に押しつけてきた。

日本は例外になるだろうか。アメリカ財務省の最終目標は、人民元だ。とても円だけは見逃すとは思えない。この交渉が始まるだけで市場では円買い材料になる。ましてやアメリカは利下げの観測も出ているのだから。そしてこれは、アベノミクスの根本政策である日銀の異次元金融緩和と関わってくる。
 
 

どれも日本経済の将来にとって、オリンピック後の景気後退が予想される中で、貿易、サービス・投資、そして金融政策におよんで重大な影響を与えるに違いない問題だ。この問題を先送りにして、安倍さんは選挙で何を問うのだろう。トランプさんを接待し、お土産を渡し、選挙を応援する前に(どれもいかがなものかとは思うけど)、国民の前で、国会で、しっかりと議論して、国民の声に耳を傾けるべきだろう。

いうまでもなくそれは、憲法改正発議に必要な3分の2議席などよりはるかに重要でかつ、求められる政治的姿勢なのではないだろうか。

日誌資料

  1. 04/16

    ・日米貿易交渉始まる(ワシントン15日) まず物品軸に協議
    茂木経産相「為替条項は財務相間で」
  2. 04/17

    ・日銀、日本株最大株主に 来年末にも 公的年金上回る <1>
    3月末で28兆円強、東証一部時価総額の4.7% 上場企業の49.7%で「大株主」(上位10位)
    ・アップル、クアルコム和解 知財訴訟 5G対応が前進 インテルは撤退
    ・中国成長率横ばい6.4% 1-3月 景気対策減速に歯止め 「借金依存」に危うさ
  3. 04/18

    ・EU、米に報復関税2兆円 工業・農産品幅広く 強硬姿勢も軟着陸探る
    トランプ氏。エアバス補助金が不当 EU、ボーイングへの補助金で反論
    ・政府、個人データ乱用を規制 IT大手、独禁法で 中小企業保護へ新法も<2>
    ・日米貿易交渉 農産品関税下げ巡りTPP水準で一致
    ・対中貿易減速 主要国で続く 3月、日本輸出は9.4%減
    ・鴻海(ホンハイ)郭台銘氏、台湾総統選に出馬表明 野党国民党から
    米中摩擦に鴻海リスク ハイテク集積の台湾で親中派「郭総統」に現実味
  4. 04/19

    ・米、ロシア疑惑報告書公表 捜査妨害の可能性排除せず <3>
    ・米大統領、来月25日来日 新天皇即位後最初の国賓
    ・介護保険料、年10万円超に 19年度平均6%上昇 「隠れ増税」限界に
    ・ウーバー自動運転に出資1100億円 トヨタ、ソフトバンクなど
    ・経団連、通年採用に移行 新卒一括を見直し 22年春から順次 日本型雇用転機
  5. 04/20

    ・75歳以上世帯が4分の1 2040年推計 単身は500万人超 <4>
    介護・年金変革迫る 65歳以上は44% 社会保障費は18年度比6割増
    ・中国「一帯一路」会議 イタリア含む37ヵ国参加へ 25日から北京で開催
    ・「先進国は中間層支援を」 OECD(経済協力開発機構)報告 <5>
    20年間で所得は3割増、住宅費2倍、教育費4割増 ロボットやAIで業務が自動化も
  6. 04/21

    ・自動車産業にCASEの重圧 18年1月比時価総額57兆円(21%)減 <6>
    ・巨大ITへ定期調査 政府規制案 取引条件開示、新法も
    IT大手の追加負担に出品企業がサイト参加継続のために拒めないケースなど
  7. 04/22

    ・スリランカ爆発290人死亡(邦人1人) 8カ所 テロで捜査、13人拘束
    ・トヨタ、中国自動車最大手の北京汽車と提携 燃料電池車、装置など供給
    ・就活、通年採用で多様に 経団連・大学が合意発表
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